中国のお茶

中国のお茶が、書籍に残されているものとして最古のものは紀元前2世紀のものとなります。
現在のお茶は後漢時代の書に初めて述べられています。
四川省は茶のルーツとされる雲南省にほど近いため、漢人は茶の存在を知ったそうです。
雲南ではお茶は多くの場合、草として食べられました。
お茶を湯に入れて、だし汁を飲むように改良したのは、煎じ薬をの伝統を持つ漢人でしょう。
喫茶文化は長江流域で楽しまれたとされています。
あまりに広く流通したために、お茶の販売は政府により規制され、税を取られるようになりました。
寺院、禅寺では修行中の眠気を払う目的から、お茶が自家栽培されました。
そのお茶を栄西達が日本に持ち帰り、日本に緑茶の文化をもたらしました。
また陶磁器が発達した頃、茶器も発達しました。
中国ではより繊細や青みがかった磁器がが好まれる傾向にありました。
清の時代も後半に入ると、ウーロン茶や紅茶のような半醗酵・全醗酵の茶が開発されました。
そしてそこから、イギリスなどに輸出されました。
茶を表す福建語の「テェ」という発音が、英語に取り入れられ、「TEA」になったとされています。
野菜をほとんど摂取しない、当時の遊牧民にとってはお茶は唯一のビタミンCの摂取源でした。
遊牧民族が住んでいる地域ではお茶の生産が不可能なため、中国との貿易に依存していました。

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